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16章 契約成立かそれとも




『ピタッ』 
「うっ!」 
いきなりスミレに空に投げられて、空高く飛んでて……今日は朝から激しいなあ。 
しかも反動で、地面がないから回転しちゃう所だった。 
そういえば急に止まったけど、上空についたのかな。目をそーっとあけてみよう。 
「うわぁ」 
すごい。空に浮いてる。確か上昇気流とかいうのがあるんだっけ。それで流されているから落ちないのかな? 
んー。考えてもわからないからいっか。 だけど、息が苦しい。
そういえば、上に行くほど酸素が少ないんだっけ。だからかな?
よくわかんないけど、ずっといたら慣れれるだろうし。 それよりも、どうやって帰ればいいんだか。
「あれ?」 
考えてたら、景色が変わってる? やっぱり流されてるんだ、私。 ちょっと、やばい? でもどこに進もう。
あ、そうだ。雲の上に行こう。
この世界って摩訶不思議なこといっぱいだし。常識じゃ有り得ないことが可能だったりするかもしれない。
やるだけの価値はあるよね。 もういっそこれは夢の中にいるみたいに考えておこう。
『ズブリ』 
「へっ?」 
雲に乗ろうと思って手をかけたら、かからなかった。雲の中に手が入っちゃった。しかも濡れてる! 
うー、ゾゾッとするよー。なんでかな? あれ、でも待った。
雲って、確か氷の粒からできてるんじゃなかったっけ? 触れるにしても凍傷を起こすんじゃ?
「……ぜ、絶対雲にのる──っ!」 
理科の授業で習ったことを思い出してみてもよくわかんないから、思考放棄で。
子供のような気持ちで何かに取り組むのは大切だってドラマでよく言われてるし。
私も子供だけど。いや、子供なんだから普通にバカなことやったっていいよね。
だって夢の中でも雲に乗ったことないんだもん。上空闊歩したことないんだもん。やってみたかったんだもん。










『グニュッ』
「あ……よい、しょっ!」
何時間もかかってやっと手で掴める雲を発見した。もうお昼過ぎかな。 日がよく照りつけて来る。
遮るものがないかなあ、と思っても雲の上だから何もない。足下は冷たいんだろうけどね。
登りにくいなあ。だけど、なんとか登れた。それにしても薄くない、この雲。こんなので大丈夫?
今すぐ雨になりそうな感じだけど、それでも掴めない雲よりは後のことだよねきっと。
「ふ──っ」
まあ、何はともあれ。乗れたからいっか。
「まさか此処まで来るとは。それに、なんという宿縁だろう」
「え、どなた?」 
やっと雲の上にのれた達成感を感じてたのに感慨をぶち壊したのは誰ですが? 
振り向くと、大きな翼を生やした人が立っていた。鳥じゃなくて、竜のだけど。
でも迷宮で見かけた人とは違う。翼だって一目でわかるくらいにあの人よりも大きい。
「ああ、すみません。私は案内人その三のゴードラです」 
案内人その三? 今までの経緯を考えるとあっさり目の前に現れてくれたなあ。
でも、最後の案内人が見つかったってことは、もうすぐ終るってことだよね。がんばらなきゃ!
だけどやっぱり私が何をすればいいのかなんて知らないんだろうなー、この人。
「そうなんだ。ひょっとして、竜人さん? ラガは鳥人だったから」
「ええ。案内人のその一は鳥、その二は牛、その三は竜の化身です」
「え、スミレも? あの人は別に怪力以外は普通の人間だったよ」
「彼女は化けるのが一番上手いんです。あれでとても器用なので」
「なるほどー。だから自信家なんだ」
「言い得てますね。よくそこまで見抜いてらっしゃる」
「あはは。そんなたいしたことじゃないよ。だって本人が言ってたことだし」
あー、そういえば剣は? 忘れてたけど。手にないなあ。ん、んー……んっ!?
もしかして……落とした!? 
右手。ないっ! 左手。ないっ! これじゃ何か来た時、反撃できない! 
一応お母さん直伝の徒手空拳はできるけど所詮独学、というかケンカ流だし正直アテにならないよー。
魔法と剣がなかったらどうすればいいの。私のバカ──ッ! 
「剣ならこちらに。ずっとエシェアの物でしたが……今、雷光一閃はあなたを主と認めているのですね」 
あれ、いつの間に? そう思いつつゴードラに剣を返してもらった。
そういえばエシェアって此処以外にもどこかで聞いたことがあるような名前。
うーん。思い出せない。誰なんだろう。でも知り合いがあんな男だけだったら不憫だなあ。
「なんかそうみたい。ありがとう」 
うん? そういえばこの人……ゴードラ、だっけ? 剣を持ってたけど何ともなかったのかな。 

「では、ついてきてください。恐竜神のもとへ案内いたしましょう」 
知ってるの、ラガもスミレも知らなかったころなのに。案内人なのにラゴスの居場所を教えてはくれなかった。
でも、ヒントには二から三への事までしか書かれてなかったっけ。あれはこういうことだったの?
でも、どこに行くんだろ? それにどうやって移動するのかなあ。 
「動けませんか? 大丈夫ですよ。雲の上は歩けますから」
「あ、うん。ごめんなさい、ちょっと考え事してた」
「そうでしたか。素直でよろしい」
「でも、いいの? あっさりとこんなにも簡単でちょっと意外」
スミレを見つけるまでの苦労と比べたらゴードラを見つけるのは簡単だった。
ただ気の向くままに雲探しをして、雲の上に乗ったら偶然ゴードラがいただけだもん。
偶然成功した、とかいうのは有り得ないと思ってただけに他に何か課せられてるのかと思ったよ。
「よろしいんです。あなたは案内人の言葉を受け入れ、信じ、行動したからこそ此処にいる」
「そうかな、行動したっていうほどのことはしてないと思うよ」
私はただラガにあそこ行きたい連れてってー、と頼んだりスミレの好意で上空に飛ばされただけだもん。
唯一褒められることといえば雷光一閃を手に入れたことだけど……あの男との対決で競り負けてるし。
負けたけど、剣があの男を拒絶したから私の手元にあるわけで。自分でも宝の持ち腐れだとは思う。
声を大にして、身体張ってまでして努力したと言えることは一つもない。
「そんなのがラゴスに挑んじゃって良いの?」

『ゴクッ』

うん? 何故こんな時に喉の鳴る音が。何かおいしそうな食べ物でも見つけたの?
「では……私と契りを結んでくださいませんか」
「ちぎり絵のお手伝い? 別にいいけど。そんな趣味あるんだー」
「違います。契約という意味の方です」
「え、あなたと? 今はラゴスとするかどうかなのに」
また儀式のためだとか言って妙な場所に連れていかれるのかな。それは困るんだけど。
でもゴードラって随分と奥手なんだなあ。それくらいのことを聞くのに緊張してたなんて。しかも喉が鳴るほどに。
うーん、だけど契約って響きがなんとも魅惑的。銀行の自分用カードを作るみたいでちょっとドキドキする。
「何も心配いりません。お望みなら早く済ませます。痛みも……なるべく努力してみせます」
「え、痛いの? それはイヤ」
痛みを伴う契約って血印押さなきゃならないってこと? 痛々しいから、そんなのだったらお断りさせてもらいたいな。
そう伝えたら、よろよろとゴードラは後ずさって雲に膝をついた。
あれ、そんなに断ったのがショックだったのかな。暫く様子見してたら手までついちゃったし。
うーん。痛いなら契約お断りっていうスタンスは変えられないんだけど、此処までしょげられちゃうと。
私も雲の上に膝をついた。うー、やっぱり雲の上だけあって冷えるなあ。これを物ともしないほど意気消沈してるなんて。
「ねえゴードラ、ちょっと小指出して」
ポンと肩を叩くと何故か一瞬お花が周囲に飛び散ったように見えた。多分幻覚だと思う、ゴードラの顔は笑ってないし。
心なしか髪がぐしゃぐしゃになってる気がする。気分だけで人ってやつれるものかな?
「はい……なんでしょう」
「ちょっと我慢してて。指切りげんまん嘘吐いたら針千本飲ーます、指切った」
子供っぽいからバカにするなって怒るかもしれないなあ。でも、これだって立派な約束だよ。
どんな形式をとっていようと約束を守れば、それで契約履行ってことになるもん。
「約束してくれる? 私が呼んだら、ちゃんと来るって」
「……はい。ちゃんと私を呼んでくださいね」
「うん。それじゃ、行こう。道案内よろしく」

雲の上をゴードラの後をついて歩いていく。
黙々と歩き続けていると、ピタリとゴードラが歩くのをやめた。 
目の前ではフラフープのように輪が回っていた。でも輪から覗いた先には何も見えない。
変なの、ラゴスが現れた鳥居もそうだったけど。 
「もう着いた?」 
「はい。この先にラゴス神様がいらっしゃいます。私の役目は此処までです。御武運を」 
「わかった。頑張って元の世界に戻るね!」
「いざというときは私を呼んでくださって構いません」
「そんなことして良いの?」
「良くはありません。まず間違いなくラゴス神様との契約は白紙になります」
「助っ人を呼んだら今までの努力が全て無駄の泡になっちゃうってこと?」
「そうおっしゃらずに。少なくとも私との契約は残ります」
それもそっか。よーし、ついに大詰め。早く契約して元の世界に戻るんだから!
あ、そう考えたら途端にお腹が減ってきたよ。 
そういえば紅茶以外何も口にしてないんだよね。早くしなきゃ。 
少し躊躇したけど、私は回転する輪の中に飛び込んだ。うー、目が回る。周りが全然見えないよ。



やっと目が回るのが終って、前を向いたらラゴスがいた。ここまで来たんだから早く帰るっ!
けどちょっと気持ち悪い……吐くとまではいかないけど。
このスッキリできない中途半端なのが1番キツイのにぃ。

『よくきた。では、早速戦闘に入るとする』

「はっ? う──」
『我に一つでも傷をつける事ができれば契約成立だ。かかってくるが良い』
「わっ、ちょっとそんな、いきなり!?」
とりあえずどこか一撃でもあてればいいんだよね。あー、また治まらない!
そんなことを考えていると急に私の周辺だけ暗くなっていた。
見上げると、上空から斜めにラゴスが翼を大きく張って滑空していた。
わ、翼があたるっ。此処はまず、しゃがなきゃ。で、回避したらすぐ相手のほうを向く!
「……うえっ」
とんでもない声が出たけど、吐き気がやっと治まった。これで戦闘に専念できる。
またラゴスが翼を刃にして襲ってきた。でも、手加減してくれてるみたい。だって見切れるもん。
ラゴスの堅く分厚い翼を斬りつけようと剣を振ってみたけど、傷一つ付けられなかった。
逆に私の手が痺れてくる。衝撃が手から腕、腕から肩へとだんだんと伝わっていく。
ダメ、これじゃ。効いてない。別の手を考えないと。ラゴスはひいて体勢を整えてまた、来る。
「だったら!」
生き物はだいたい頭をやられたら倒れる。頭が攻撃できる範囲に入るまで機会をうかがわなきゃ。
『そんな事では我を傷つける事はできぬ』
ラゴスが低飛行で来た! できるだけ高くジャンプして剣を下に振りかざす。
「う、あ」
かわしきれなかった。先にラゴスの翼が足に触れた。瞬間左足に激痛が走る。
痛みに音を上げそうになるのを必死で押さえこんで歯をくいしばった。
叫んでるどころじゃない。勝たないと駄目。踏みとどまって……叩き割る!
渾身の一撃を放った後、私は踏みとどまりきれずに後ろに押されて片足が浮いた。衝撃に手を開きかける。
「駄目っ」
剣を手放せば一巻の終わり。それは、あの男との勝負でよくわかってる。
私は受け身も考えずに剣を追って飛ばされた。剣が白いものに突き刺さった。よくみれば、足下は雲。
でも、すぐさま周囲を見回した。ラゴスの姿が見えない。
あれが効いていたのならラゴスは雲の上につっぷしているはずなのに。
『甘い』
そんな……頭、首でもダメージなし!? ほかの所もこれじゃムリなんじゃ。
どうすればいいの? 考えなきゃ……考えないと。
ラゴスがまたひいて体勢を整えて猛スピードで掛かってくる。

≪ 体軽やかにそして鮮烈に ≫

剣が震えた。っていうか自分から振動してる。何、さっきの声。いや、厳密には声じゃなかったけど。
あ、いけない。そんなことよりも、今度はラゴスが右から来る!
気づいたところでバッと避けようとしたところでよろけてしまった。
左足に力が入らなかったせいだった。ガクッと体が揺れる。体が言う事を聞かず前のめりに倒れた。
その隙をラゴスは逃さない。
ハラリと髪の毛が数本切れた。あ、危なかった。あと数センチで後頭部が割れてた。
それを想像して、ぞっとした。
今度は真上からきた! 卑怯だよ、そんなの逃げ切れない。ぎゅっと目を瞑った。

≪ 余計な力を抜け。心をカラにし研ぎすませろ ≫

体の力を抜く? 抜いてるよ、もう。死が待ってるだけ。いくら魔法が強力でも使えなければ意味がないんだから。
でも、まだ死にたくない。
ラゴスは倒せとは言われてない。傷をどんなものでも良いからつけろと言われただけ。
諦めるのはまだ早い。そう思って瞑っていた目を開け遥か上空から来るラゴスを見据える。
剣を一瞬見ると雷光一閃に透明な光がみえた。みえるっていうのは透明な、けど確かにある光が剣を包んであって。
そう思っていたら、いつの間にかラゴスの体に剣が刺さってた。
「あれ?」
驚いて、剣を引き抜いた。何なの、さっきの光は。ラゴスはもう襲ってこなかった。
ふう。そういえば血がドクドクでてるよ、大丈夫かな?
『契約成立だ』
「えっ?」
『では、主 清海よ。元の世界へ戻そう。これを』
ラゴスはそういって、宝石をだした。一体どこから?
あ、これって確かホタル石!? 理科の二分野の本に載ってた!
『召喚石だ。我を呼ぶ事もできるが、案内人を呼ぶこともできる』
「へー」
つまり、契約してると、召喚石があればラゴスか案内人を呼び出せれるってこと?
お得かも。いっしょに戦ってくれそうだなあ。あと空を飛ぶのもできそう。
だけどラゴスは神なのに……いいのかな、気軽に呼んでも。










そういえばどうして透明な光が見えたんだろう?
普通あってもわからないはずなのに。うーん、謎。
『パンッ』
あれ? 倉庫だ。もう戻ってきたみたい。考えてる間に帰してくれたんだ。親切だなあ。
「清海!」
「ただいまー」
あー、お腹がへったよ。急に二人の顔見たらほっとしたっていうか。
靖は持ってきていた腕時計を覗いて真っ青の顔をした。
「げっ、もう五時二五分!」
「ええ──!?」
五時半には帰るって言ってたのにー。走っても帰れないよ!
走りながら、通り過ぎてる公園の時計をみたら五時四五分だった。
走っても家につくのに十五分はかかっちゃうのにぃ!



「た、ただいま……お母さん」
「三十分遅かったわね? 六週間どこにも行ったらダメ。破ったら、わかるわよね」
ひえーっ、口調は静かで楽しそうだけど怒ってる!
トゲがないだけ激怒とまではいってないみたいだけど。
あれ、そういえばさっきまでいた世界では二日経ってたのに、こっちじゃほんの一時間くらい。時間の流れが違う?
―――その頃、靖も怒られてた。なんか、靖が声にならない叫びが伝わってきたから。
「僕らにも母親っていたけど、いけないことすると大きな風に叩かれたけど……それより怖いよね、清海のお母さん」
「うん。昨日は優しい感じがあったんだけど、気のせい? 清海のお母さんの背後に何かあるようなのは気のせい!?」
「気のせいじゃないな。普通の人間でも発するオーラがでてる。しかも楽しんでいるが少し怒ってるぞ。何者なんだ?」
ザンだけ涼しい顔してるよー。お母さんはずっと黙ってるし。お母さん、何か言ってください……。
「清海」
「はい」
う。お母さんがにっこり笑った。こ、この笑みは……さらに何か!?
「懲りた? じゃあお母さん夕ご飯作るから。加奈と稚奈の相手しておいてね」
「へっ」
な、何もなし? よかった。
安心したら腰が抜けたよ。お父さんより怖かった。

自分の部屋に戻って私は唖然とした。
部屋がぐちゃぐちゃ。加奈と稚奈に散々イタズラさせたんだ、お母さん。
やっぱりお母さんは優しい顔して優しくない! 悪の化身ー! 魔王ー!
あ、だけどカシスとレックの世界じゃ魔王も悪魔も神様と天使も仲いいんだっけ?
うーん、ちょっと複雑。まあ、それとは別の世間一般に知られてる魔王ってことで。
「〜♪」
お母さん、なんか歌ってる。怒ってたのにとっても楽しそう!?
「お前の母親は何者なんだ?」
「私が知りたいよ」
お母さん、一体何者なの。元暴走族ってこんなにすごいの?





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